最高裁判所第三小法廷 昭和63年(行ツ)168号 判決 1989年4月11日
広島県賀茂郡黒瀬町宗近柳国一二四番地の一
上告人
脇本哲司
右訴訟代理人弁護士
恵木尚
島崎正幸
広島県東広島市西条昭和町一四二七番地の一
被上告人
西条税務署長
山本嘉啓
右当事者間の広島高等裁判所昭和六一年(行コ)第一号更正の請求棄却決定の取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年八月一〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人恵木尚、同島崎正幸の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つて原判決を論難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己)
(昭和六三年(行ツ)第一六八号 上告人 脇本哲司)
上告代理人恵木尚、同島崎正幸の上告理由
第一点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法解釈の誤り(所得税法三七条一項、同法五一条二項、同法七二条一項、国税通則法二三条一項の解釈を誤り、立証責任の分配法則を誤つた違法)がある。
原判決は、「更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟においては、申告により確定した税額等を納税者に有利に変更することを求めるのであるから、納税者において、確定申告書の記載が事実と異なる旨の立証責任を負うものと解するのが相当である。」旨判示する。
しかし、税務訴訟における立証責任については、所得税における必要経費、雑損控除といつた所得金額計算上の消極的事由も含めて、課税標準についての立証責任が課税庁側にあるというのが判決および学説の大勢である。
そうであるならば、納税者が、確定申告書を提出した後において、確定申告書に記載した課税標準、税額等が過大であることを知り、更正の請求をして確定申告書記載事項の過誤の是正を求めている場合においても、立証責任について右の原則と別異に解すべきではない。なぜなら、現行法は、申告納税制度を採用したうえで、納税義務者が確定申告書を提出した後においても、一定の要件のもとに、更正の請求をして確定申告書記載事項の過誤の是正を求めることを認めているからである。
第二点 原判決には、次のような理由不備の違法(民事訴訟法三九五条一項六号)があり、その違法は判決の結果に影響を及ぼすことが明らかである。
一、横領について
原判決は、「所得税青色申告決算書等から導かれる金額と上告人主張の横領被害金額との符号、出納帳簿の記載と小切手の決済状況との齟齬、小切手帳控えの記載の不備、告訴等の事実」を認定し、一応「横領」を推測すべき事実を認定している。しかも、一審証人脇本常登の証言および一審、二審上告人本人尋問の各結果中には、「横領」を認定できる証言、供述がなされている。そうであれば、証拠上「横領」は証明されているというべきである。
しかるに、原判決は、右脇本常登の証言および上告人本人尋問の各結果中、上告人主張事実(横領)に沿う部分については、「直ちに採用し難く」と判示するのみで排斥し、「横領」を認める証拠はないと判示している。
しかし、原判決の判示だけでは、右脇本常登の証言および上告人本人尋問の各結果中、上告人主張事実(横領)に沿う部分については、何ゆえに「直ちに採用し難い」というのか、合理的根拠を理解することができない。したがつて理由不備というべきである。
二、損失の確定について
1、原判決は、「乙第四号証の二、第九号証の一ないし九、第一六号証の二、第一七号証の四、六、第一八号証の三の各上告人名下の印影が上告人の印章によつて顕出されたものであることから、反証がないとして、右各印影は上告人の意思によつて顕出されたと推定し、右各文書は真正に成立した」旨、形式的かつ安易な認定をしている。
しかし、右各文書はすべて脇本祐之介が作成した文書であるが、右各文書作成当時、上告人は右印章(実印)を銀行印としても使用しており、その使用頻度も月に二〇日前後と多かつたため、一々上告人の自宅へ持ち帰ることもしないで、上告人(脇本金属工業)の事務所の机の引出しの中においていた。その結果、従業員であつた右祐之介が、上告人の承諾なしに容易に使用することが可能な状態にあつたのであり、この状態を利用して右祐之介が盗捺したものである。
原判決は、脇本常登の証言および上告人本人尋問の各結果中、上告人主張事実(盗捺)に沿う部分については、「容易に採用できず」と判示するのみで排斥し、反証がないと判示している。
しかし、原判決の判示だけでは、右脇本常登の証言および上告人本人尋問の各結果中、上告人主張事実(盗捺)に沿う部分については、何ゆえに「容易に採用できず」というのか、合理的根拠を理解することができない。理由不備というべきである。
2、原判決書添付別紙債務一覧表の番号2ないし5、7、8の各債務について
右文書のうち乙第一六号証の二、第一七号証の四、六、第一八号証の三の各文書は、上告人の債務であるか否かを判断する上で特に重要な意味を持つものであるから、右1の文書の成立の真正が認定できなければ、他の証拠とあいまつて認定した「原判決書添付別紙債務一覧表の番号2ないし5、7、8の各債務は、上告人か負担したものである」との認定は、根本から覆されなければならない。
また、原判決書添付別紙債務一覧表の番号2ないし5、7、8の各債務はそれぞれ別個独立に成立した別個の債務である。したがつて、一個一個別々に脇本祐之介の債務であるか否かが認定されなければならない。
しかるに、原判決は、これを一まとめにして認定しているが、原判決摘示の理由によつても、どの証拠からどの債務についての結論が導かれているのかが明らかではない。したがつて、理由不備といわなければならない。
3、原判決書添付別紙債務一覧表の番号6の債務について
原判決は、「甲第二号証、乙第二七ないし第三〇号証、一審上告人本人尋問の結果、弁論の全趣旨から、原判決書添付別紙債務一覧表の番号6の債務は上告人を債務名義人として成立した」旨認定している。
しかし、右の証拠から、右認定事実を導くことはできない。理由不備といわなければならない。
原判決書添付別紙債務一覧表の番号6の債務の名義人は、原判決が認定した根抵当権設定、配当加入の事実に加え、脇本常登の証言および上告人本人尋問の各結果から明らかなように、脇本祐之介であり、同債務の担保として右祐之介が山本盛親に対し上告人振出名義の手形を交付したものである。それ故、右上告人振出名義の手形にもとづいて仮差押がなされたものであつて、手形外の債務により仮差押がなされたものではない。
ここでも、原判決は、脇本常登の証言および上告人本人尋問の各結果を、「容易に信用できず」「直ちに信用できず」として排斥するが、理由不備といわなければならない。
三、昭和五四年末の段階における脇本祐之介の負担債務額は、同人の支払能力をはるかに越える額になつており、原判決認定の滞納、不払、差押の各事実に加え、横領という犯罪行為を原因とする損害賠償請求権が通常の債権と異なりその実現が極めて困難かつ不可能に近いという性質を有する点を考慮するならば、昭和五四年末当時、上告人の脇本祐之介に対する損害賠償請求権の実現が不能であつたというべきである。
したがつて、右一、二で指摘した原判決の理由不備の違法は判決の結果に影響を及ぼすことが明らかである。
以上